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40代に突入しても不惑の域に達しない。

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2005/05/22
※これはBarbarossaサーバを立ち上げ当時に書いてお蔵入りになった文章です。
つい先日、免許の更新に行って思わず懐かしくなってしまったので、思い切って公開することにしました。
ちなみに1999年、今からちょうど6年前くらいに書いた文章です。



「二回寝ると退場である。」

と、東京都運転免許センター更新時講習の講師である藤田まこと氏(仮名)は明言するのであった。

さらに藤田氏は続ける。

「寝るなといっても、この中から一人か二人は必ず寝る。私の過去の経験からしても絶対そうなるのである。

なるといったらなるのである。

と言い切る。

さらに、藤田氏は講習中でも常に現代社会への不満を披瀝する。

まず、現代社会人のモラル低下を嘆き、次に国会審議の話へ移行し、携帯電話の功罪、さらにシンガポール出身である過去の受講者へと話題が進む。

ああ、藤田氏。
非常に興味深い人物である。

講習内容も、藤田氏の個性が全面に押し出された特色ある講義であり、過激を極める内容であった。

まず私を含む受講者全員に対し
「現在、隣室では卒業検定を終了した者達が本試験を受験中である。」

と口火を切り、

「ここいいる全員は絶対に合格しないであろう。

しないといったらしないのである。

と一刀両断。

「両側通行の車線の中央が黄色の場合、これはどういう意味なのか回答せよ。はい、そこの一番後ろのあなた。

そうそう、あなた。

と突然、講義開始。

だが、ここはなんとしても、藤田氏に一矢報いる為にも皆の衆よ、我々の優秀さをアピールしようではないか。

我々だって、過去は藤田氏曰く「今なら絶対合格しない本試験」とやらに合格し、晴れて運転免許所持者となった集団であり、豊富な運転経験を有し、

ちょっとの違反

で国庫に反則金を納め、今日この鮫洲運転免許センターに集った者達である。

背後なので見えないが、「そこの、あなた」頑張ってくれ。

恐らくその場にいたすべての人の期待を一身に背負った「そこの、あなた」はきっと、やり遂げてくれるであろう。きっと我々の期待に応えてくれるはずである。

はずであった。

はずだったのにぃ。

「そこの、あなた」は藤田氏の予言を具現化してしまうのである。

ぼそっと、「車線変更禁止かな?」

そりゃ「二車線」の場合でんがなー!!

心中は大阪人のツッコミ状態。ハリセンを心から渇望した一瞬である。
藤田氏は当然、水を得た魚状態。

「それは二車線のときね。」

とあっさり切り捨て。
うおのれー。

きっと「そこの、あなた」だって、緊張してたんだい。
今日はちょっと、体調が悪かっただけで、いつもなら答えられるんだい。
と、その場の全員が思ったことであろう。

「そこの、あなた」もさぞ不本意であっただろう。
まあ、元気を出してほしい。我々は正々堂々と戦った君のその勇姿を決して忘れないよ。

藤田氏は、さっさと次の獲物を探す。

「じゃあ、そこの、はい、そうそう、あなた。はい、大丈夫ですか一回目ですよ。私はそういう人しか指さないの。

はい、答えて。

寝てました。その人。

うつらうつらと。
知ってたんだけどなぁ。
やっぱりばれてたよ、あなた。

さらに「そういう人しか指さない」と言ったということは、先ほどの「そこの、あなた」は寝ていたのであろうか。
あああ、ますます悲しい「そこの、あなた」。

いやいや、そんな筈はない。
これは藤田氏が己の予言を的中させようとして仕組んだでっち上げであろう。

そうだといったらそうなのである。

ってあれ?うつってしまった。

今度こそ頑張ってくれよ。サラリーマンのあんちゃん。
はっと目を覚まし、己の状況をようやく把握したそのあんちゃんは、すかさず回答した。

「追い越し禁止」

自身満々である。

そうそう。よくやった、あんちゃん。
えらいよ、我々の勝利だ。祝杯だ。

だがしかし、藤田氏は納得しない。
「半分当たり」またもや、ばっさり。

えー。半分なの?

なんで。

どうして。

藤田氏は続ける。

「黄色い車線のみである場合には、黄色い中央線を越えての追い越しは禁止であるが、黄色い車線を『越えないでの追い越し』は問題ないのである。また、そのような場合でも追い越し禁止の看板が存在する場合には車線を越えない追い越しも禁止となるのである。

一同、理解できたであろうか。

見事である。

我々の惨敗である。
ここは素直に敗北を認めようではないか。
負けを認めることは決して恥ではない。ここはひとまず引こうではないか。皆の衆。

って誰に言ってるんだろうね、私も。

恐るべき、藤田氏。伊達に講習歴30年(推測)のベテランではない。

だが、このまま藤田氏の予言通りになってしまうのであろうか。

いいや、ここはなんとしても踏みとどまらなくてはならぬ。
よしここは一致団結だ。
さあ、スクラムを組み、声高々に気合を入れようではないか。

「言い忘れたが、携帯電話も、この教室内では禁止である。受信も送信も不可である。かのような文明の利器も時と場合をわきまえて使用せねばならぬ。と言っても使用する者が私の過去の経験からして、一人や二人はいるのである。ここまで言ってもまだ電源を切らない者が恐らくいるだろう。

いるといったらいるのである。

ほら、始まったよ。
今度こそ、皆の衆よ、携帯の電源を切ろうではないか。

なあに、ほんの一時の通信途絶ではないか。長い人生の中で微塵程の時間である。
案の定、何人かは携帯の電源を切り始める。

私のように入室時に掲示板を見て、そそくさと電源を切っていた者は、再度電源が切れていることを確認する。

いい感じである。これなら、藤田氏の予言は当たるまい。
こうして、しばらく講義は進む。藤田氏の講義にも熱が入りはじめる。

その時である。私の斜め右前方の若い兄ちゃんの左手が、机上に置かれた携帯に伸びる。

ああ、そんな。どうしてなの。

メールである。メールを始めたのである。

恐らく、齢60を数える(推測)藤田氏には、よもや携帯でメールをやっているなどどは見当もつかないだろうから、この兄ちゃんは注意はされないだろう。

だが、そんなことは問題ではないのだ。

またもや、藤田氏の予言は的中してしまったのである。
うおのれー。口惜しいぞ。

だが、これは大丈夫であろうという予言が講義も山場を迎えたときに、藤田氏の口から語られる。

「本講義が終了した後に、修了印を受講票に捺印する。必ず教室の前面の扉口より退室し、受験票の捺印部を私に向けて差し出すようにしなくてはならぬ。そのとき作業効率を鑑み、受講票は必ず右手で端部を持ち、決して離してはならぬ。といっても離すものがいる。あまつさえ、逆さに持つ者や、果ては裏返しで差し出す者も私の過去の経験からは一人や二人はこの中にいる。

いるといったらいるのである。

といつもの調子である。
でも、それは大丈夫でしょ。

いくらなんでもさ。

ねー、子供じゃないんだから、藤田さんよ、今回ばかりはその予言は当たらないと思うよ。

いや、当たらないことを信じたい。

信じさせてくれい。

とうとう、講義も終了時間となり、藤田氏もまずまず満足したようであった。

まあ、それだけ散々言えばストレスもないだろうけどね。
ちょっと藤田氏の境遇がうらやましい。

「では、これにて講義は終了である。先ほど言ったように修了印を捺印するので並ぶように」と藤田氏は言い残し、教室の外で印を持ち待機する。

各々は、ガタガタと机を揺らし、手荷物をまとめ、受講票を「右手」に持ちぞろぞろと教室内を歩き始める。

順調である。

みんなきちんと、「右手に受講票を持ち」順調に捺印され、免許の交付される部屋へと歩き始めている。
私も藤田氏の提示した仕様通りに受講票を持ち捺印をしてもらった。

さらば、藤田氏よ。なかなか楽しい時間であったぞ。と内心思いながら移動を開始した時である。

教室の反対側から人影が。

なんと人ごみを避け、反対側から列に割り込むおばちゃんが、私の眼に飛び込んできたのであった。

もう、降参です。
藤田さん、やっぱりあたなは預言者かもしれないや。
posted at 2005/05/23 0:06:44
lastupdate at 2005/05/23 0:23:24
修正
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2005/04/06
♪ク〜オ〜リア〜(「トリビアの泉」風に)

S○NYの「クオリア」シリーズの事ぢゃないのだ。

クオリアはラテン語で「質」って意味らしい。
英語の「Quality」の語源でもある。

んで、このクオリアっていったい何なのか?
日本語にすると「覚醒感覚」。

「無意識の生々しい感覚や感情」

ってこと。

つまり、

きれいな花をみて「きれい」と感じる。
美しい風景を眺めて「美しい」と感じる。
おいしい食事で「おいしい」と感じる。

こんな人間に備わっている無意識な感情。
これが「クオリア」というらしい。

と言うことは、

汚いモノを見て「汚い」と感じる。
異臭を放つ臭いを嗅いで「くさい」と感じる。
嫌いな人に出会って「嫌悪感」を感じる。

も同様に「クオリア」なのだ。

このクオリアは意識的に変えることが出来ない。
つまり無意識下で「反射」に近い。

ただ、これをそのまま、表現として表すかは、意識的に行うことができる。
それが人間なのだ。

上記例だと、

「嫌い!」というクオリアから、
「表情に嫌悪感を表す(つまり「嫌い」を表現する)」か、
「ニコニコしているか(「嫌い」を表現しない)」という選択は意識的に行えるって事。

なので「クオリア」を変えている訳ではない。
これがポイント。

さて、本題。

プログラマーが感じるクオリアってなんだろう?

「美しい(コード)」
「美しい(モデル)」
「美しい(アーキテクチャ)」

正確にはヒトの「クオリア」ではないのだが、
あえて「プログラマという特化した人種」の「クオリア」としておこうか。
(若干「可塑性」が含まれているが、ネタなのでご容赦)

そう考えると、プログラマのクオリアは、

「美しい」
「かっこいい」
「汚い」
「ださい」

の大きく4つに分類出来るのではと考えた。

「美しいコード」に対して「なんて美しいんだ!」(そのまま)
「汚いコード」に対して 「なんて美しいんだ!」(表現操作)
「美しいコード」に対して「なんて汚いんだ!」 (表現操作)
「汚いコード」に対して「なんて汚いんだ!」 (そのまま)

どれが一番、表現するときに快感を伴う「クオリア」だろうか。

「美しい」「かっこいい」というクオリアから素直な表現をできるソフトウェアを作っていきたいと思ふ。
間違っても「汚い」「ださい」というクオリアを

表現操作して正当化

するような真似はしたくないと感じる今日この頃である。

posted at 2005/04/06 11:20:38
lastupdate at 2005/04/06 11:20:38
修正
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2005/04/01
♪ほうしゅうけい〜、ほうしゅうけい〜、あ〜みのしき〜

・・・違うって。

「報酬系って何?」って感じ?
マウス実験で発見された、「死ぬほど快感な感覚」なんだって。

マウスの脳の数カ所に電極を刺して、電極から電気刺激を出せるようにした機械を、

マウス自身

に押せるように、檻の中に装置を入れておく。

そうすると、マウスにとって「押したがらないスイッチ」と「押したがるスイッチ」が存在するんだそうだ。

「押したがらないスイッチ」は、マウスとして「嫌な感覚」を起こすので押したたがらない。

「押したがるスイッチ」は、マウスとして「快・感」なのでよく押す。

そんな中で、「一回押しちゃったら最後、死ぬまで押し続けちゃう」というすんごい

「超・快・感」

な場所があるらしい。

マウスはそのスイッチを一度押しちゃったらもう、死ぬまで押す。

水も飲まない。食事もしない。もう死ぬまで。
超絶快感に包まれて死んじゃう。

そんな場所を「報酬系」と呼ぶらしい。

こんな「報酬系」を利用した、生体リモートコントロールの論文が発表されたのが4年前くらいらしい。

マウスの脳に「報酬系」を刺激する電極と、左右のヒゲの感覚を受け取る位置に電極を刺し、

今度は、ヒトがその電極を操作する。

そうすると・・・

「右ヒゲ刺激」→「マウス右へ」
「報酬系刺激」→「マウス超・快・感」
「左ヒゲ刺激」→「マウス左へ」
「報酬系刺激」→「マウス超・快・感」
・・・

ってなかんじで、「生きているマウス」を人間が自由に操ることが出来る。

ここで議論された点が2つほど。
論じたい事と違うのでさらっと流すけど、

「生物を操るという倫理的な問題」

「生物と機械(コンピュータ)との違いという哲学的な問題」

(自由意志を持つ事が「生物」の特徴とするのならば、先ほどの「マウス」には本当に自由意志があるのか?という点)

話を戻すと、

マウスは「報酬系」への刺激というきっかけで動いている。

つまり、

「報酬系ドリブン」

なんだよね。

この「報酬系ドリブンしているマウス」は、高いところでも、えさがいっぱい落ちているところも、水が飲める場所も、坂が急なところも、「報酬」が欲しくて、目もくれずに歩く。

つまり、マウスにとっては、「報酬」こそが自己の行動を決定する(強制する)唯一の事柄になっちゃっている。

んで本題。

ヒトも基本的にはマウスと同じ「報酬系」がある。

だからって脳に電極刺して、「死ぬまで仕事しろ」っていうのはあまりにも倫理的に問題ありまくり。

じゃあ、倫理的に問題がない「報酬系」って何だろう?

「成果に報いること」

なんじゃないかな?
つまり、「良いことをしたら褒めてあげる」ってこと。

それによって

「その人のアイデンティティを確立させてあげる」ことかと。

これが、ヒトという種の効率的な「報酬系」の刺激方法だと思うのだ。
posted at 2005/04/01 14:02:57
lastupdate at 2005/04/01 14:03:55
修正
comments (0) ||
 
2005/03/29
誰に言われるでもなく、ウォータフォールで開発を始めたときから、
ずーーーーーーっと、心のどこかに棘として刺さっていた疑問。

「この手法って、ソフトウェア開発として正しいの?」

実際に「痛い目」を何度も味わったので、誰に言われるでもなく、感じていた疑問。

人間の感覚は、繰り返しにより鈍化するので、こんな素朴かつ重要な疑問も、数年経過した段階で麻痺してしまい、心の奥底に閉じこめてしまった。

近年、反復型の開発手法が主流となって、従来のウォータフォール型の開発手法の欠点が声高に叫ばれるようになってきた。

みんな抱いているんだよね。
あの直線的な手法に対する疑問を。

堂々と「ウォータフォール=悪」って言い切っている人もいるくらいだし・・・

そこで、積年の疑問を解消したいとおもふ。
「誰じゃい。こんな開発手法考えたヤツは?(怒)」

調べると、「ウォータフォールの原型」は1970年、約35年前のある論文であるとされている。

Dr. Winstion W. Royce(ウィンストン・ロイス博士)

が書いた
「Managing the development of large software systems」

まだ読み途中だが、文中の説明には、フィードバックの概念が盛り込まれていた。
しかも「ウォータフォール」という用語はこの論文の文中には出てこない。

つまり、ロイスおじさんは、微妙だが「ウォータフォール事件」の首謀者ではなさそうだ。

では、真犯人はだれか?

どうも米国防総省らしいというところまで突き止めた。

「DOD-STD-2167」

がキーワードである。

これは、国防総省の軍規格で、先ほどのロイスおじちゃんの論文がベースになっている。
国防総省が発注するソフトウェア開発は、この「DOD-STD-2167」の規格を遵守せよ。

ってことで、現在の「ウォータフォール型」開発手法が広がった原因になったらしい。

このDOD-STD-2167には、ロイスおじちゃんが主張していた、「工程のフィードバック」という概念が、

すっぽり抜けた

状態で規格として定義された。
それが「恣意的」なのか「天然でボケ」ていたのか「フィードバックのメリットを想像できなかった」のか不明だが、
とにかく「工程は進むしかない」というまさに

あ〜あぁ〜、滝の流れのよ〜に〜

(美空ひばり featuring 国防総省)

と歌いたくなるような、開発手法が誕生したのである。

なぜ「フィードバックの概念を除外したのか?」
については、独自の見解を構築中である。
も少し状況が整理できたら披露したいと思っている。

ってな訳で巨悪の根源を突き止めたので、現在行っているのは「DOD-STD-2167」のドキュメント入手である。

これについては鋭意活動中である。
追って報告するのでお楽しみに。
posted at 2005/03/29 11:26:13
lastupdate at 2005/03/29 11:26:13
修正
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社内でポチポチと書いているBlogで、「社外に出しても何ら問題ない」

というネタに絞って、こっちに転載をする新カテゴリ

「転載 no Blog」

(てんさいのブログ)

を開始します。

このBlogの従来との違いは、

1.文体が「ですます調」ではなく「である調」になっています
2.チョットだけ知識ネタに偏っている(特に書籍から得た情報を重視しています)

という点です。

今後ともBarbarossa Blogよろしくお願いします。[:にこネコ:]
posted at 2005/03/29 11:21:29
lastupdate at 2005/03/29 11:21:29
修正
comments (0) ||